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「椿の花」




あなたは「あなたの事が好きなあたし」が好きだった。



だから、あたしは「あなたの好きなあたし」であり続けた。



それ以外のあたしを、あなたは必要としていなかった。



とても苦しかった。



それでも、あなたの横にいられる幸せを、一欠片も失いたくなかった。



色んな感情に蓋をして、耳を塞ぎ、目を瞑った。



自らを盲目にする事で、なんとかやり過ごした日々だった。




1日の「いい日」「悪い日」という基準が、全てあなたで決まるような日々だった。





あなた以外何もいらないと、心から思えた。





全ては「過去」の話。

未来は前にあり、過去は後ろにあるのだ。




きっと、いつ振り返ろうとずっと同じ温度で、あなたの事を思い出す。




そんな恋だった。

生まれて初めて、人を愛した日々だった。




そんなお話を少し。






「あなたに恋していたあたし」

にあたしは今、恋をしているのかもしれない。




特に今、不幸を感じているわけではない。



仕事も、恋も、「それなりに」ちゃんと自分の中にあって、家族も元気で、友達も何人かはいて。



所謂、普通の人生を送っている。




あの時、何度も「死のう」と思ったあたしが、今生きている。



笑う事もある。



あなたの声を聞かなくても、夜も眠れるようになった。



これが俗に言う

「前に進んだ」と言う事なのだろうか。




きっと、違うと思う。




あなたの事や、あの日の事を思い出して、まだ涙が出るのは

「忘れられていない」からだ。

「進めていない」からだ。



あたしは馬鹿じゃない。

もう、あの日のようにあなたと共に過ごす日々は、二度と来ない事をちゃんとわかっている。



それでも、ふと、いや、割と頻繁に思い出すのだ。

忘れるつもりも、忘れるはずもないのだ。




あなたを思う気持ちは、それくらい大きなものだった。

はずだ。





さよならしてからは、地獄のような日々を過ごしていた。

毎日毎日、泣いていた。



でも、そんな地獄の中にも、時たま光が差すこともあった。



もちろん、泣いている最中は辛くて悲しくて、苦しいのだが、泣けば泣くほど、それほどあなたの事が大好きだったんだと再確認が出来た。



とても、嬉しくて誇らしい気持ちになった。





ご飯が食べれなくなった。




あたしにとって、食べるという事はとても大切な業務で、おそらく人よりも食べないといけない人なのだ。



そんなあたしが、げっそりと痩せた。



そしてまた、それだけあなたが大切だったんだと再確認出来た。



その二つのうっすらとした光を、抱きしめながら過ごした日々だった。




あなたの匂いが好きだった。



少し甘い匂いのする、洗剤の香りと、タバコの匂いが混じり合った、決して綺麗な香りではない匂い。



あなたが忘れていったマフラーを顔に当てながら、よく電話を繋いだまま眠った。



電話の向こうで、タバコをスーッと吐く息が、とてもあたしを落ち着かせた。






たった一度だけ、寂しくて苦しくてたまらない夜に、あなたに電話をかけた。



あなたは何度も謝ってくれた。



気を使って、色んな話をしてくれた。



だけど、どれもこれもあたしが欲しい言葉じゃなかった。





最後の夜、子供のように泣きじゃくったくせに、こんな事を言うのもなんだけど。



最後の最後まで、あたしは「良い子」だったと思う。



だからこそ、思う。


もしあの時、もっともっとぐずって、嫌だと叫んで、あなたの手にしがみついていたら。



あたしは「あなた」と、どんな未来を泳いでいたのだろう。



たまに喧嘩をしたりしながら、それでもやっぱり幸せだったのだろうか。



それとも、「本当のあたし」を見せた時、あなたに

「いらない。」

と捨てられてしまったのだろうか。



あたしは、あなたが思うようなあたしではなかった。



だからこそ、思い出すのだ。

きっと、潜在的に、自らの意思で。



あなたはどう思っているのかわからないけど、あたしはいつでも会いたいと思っている。



「おいで。」

と手を広げられたら、何もかもを捨て、飛び込んでいってしまうだろう。




そんな「最低のあたし」に愛されたあなたは、幸せだったんだろうか。



そんな事を聞ける勇気なんてないな。



でも、いつか聞けたらいいな。



「愛してはいけない」

なんて事はないのだ。



あたしは、きっと死ぬまであなたを愛し続けるのだろう。


どうせそうなんだ。あたしは。

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