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  • 奥野涼

シーフードカップヌードル

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僕は、テレビを見ない人間だ。




リモコンで電源をつけたり、面白そうな番組を探す事すらめんどくさく思えて、もう何年も部屋のオブジェとしての役割を担っている。




それもあってか、僕の住む部屋はとても静かで、色んな音が聴こえ、とても綺麗に響く。




猫が廊下の向こうからペタペタとこっちへ歩いてくる音。



洗濯機が踊り狂ったあと、静かに力果てる音。



キッチンにある、大きな盥に、蛇口から水が飛び込む音。



遠くの方で、終電電車がゆっくりと走り出す音。



僕がカップラーメンをすする音。









「本当に頑固ね。」




昔、何度も君に言われた言葉。








「違うよ。一途なんだよ。僕は。」




物は言いようだ。



その時々で、うまく使い分ければいいのだ。





人は皆、終わった恋に対して



「愛していた。」



とは言わずに、


「好きだった。」


「幸せだった。」


と、とても曖昧な表現をする。




どれだけ悲しい別れであったとしても、切り取るべき所は最後の別れであってはいけない。




僕は君を愛していた。





だけど、君もやはり

「愛していた。」

とは言わないのだろうか。





大好きなシーフードカップヌードルを啜りながら、少し昔の話をしようと思う。








「慣れ」の先にあるのは、

「安心」と「油断」だ。




「恋」という場所からスタートする「恋愛」は、ある程度の時間を過ごした後に、給水所である「慣れ」に辿り着く。




そこで、見事「安心」という、この先どこまでも走っていける美しい水分を補給出来れば、その「恋」は「愛」となり、再びペースを上げ走っていけるのだ。




だが、給水所で「慣れ」というドロドロした水分を補給してしまえば、その「恋」は「情」になってしまい、文字通り足を引っ張りあってしまう。




この2つのどちらかを引ける割合はもちろん50パーセントではない。




その二人がどのような道を歩んできたかで、割合は変わるのだ。




きっと僕たちは、その「良くない方」を選択してしまった。

ただ、それだけの話なんだろう。





「慣れ」のせいで、気持ちが浮ついた訳では決してない。



君を平気で待たせてしまうようになった訳でもない。




ただ、君の心がこちらを向いていると決め込み、いつでも僕らは向き合えていると勘違いをしていた。




そんな怠慢な僕が、僕と君という二人の人間の幸せを壊したのだ。




君の気持ちにも、罪の重さにも、やっと気付いた僕は、せめて、君の幸せを願う事にした。








僕らが別れて、数年後、ひょんな事から二人で飲みに行く事になった。




相変わらず君はお酒が弱く、そのくせキュウリばかりを食べていた。




お互いの近況を話す訳でもなく、過去の思い出話をする訳でもなく、ただ、テーブルの上に置かれた料理を

「おいしいね。」と笑い合うだけの時間だった。




散々泣いて、謝り合った最期だったから、楽しくお酒を飲めたのかもしれない。




この先、また僕らが恋人になる事はないだろう。


かと言って、友人になる事もない。



僕らは死ぬまで、お互いのことを良く知る「元恋人」なのだ。




君を駅まで送り、改札の前で、なんの深い意味もなく聞いてみた。



「僕の事、愛してた?」




君は


「多分あなたと同じだよ。」


と笑い、改札の中へ入っていった。




その笑顔と、後ろ姿が、本当の意味での僕らの終わりであり、答えだった気がする。



少しだけ、嬉しかった。





それからまた数年が経ち、あれ以来君には会っていない。



きっと楽しく暮らしている事だろう。




僕は僕で、それなりに、なんとなく楽しい人生を歩めている。




きっともう少し、もう少しだけ時間が経てば、また笑って会える気がする。




「それまでは生きていたいもんだよな。」




と、向かいに座る愛猫にボソッと語りかけたが、相変わらず興味のない顔をしている。




「そんな事より美味そうなものを食べてるな。」




なんて目をしながら僕を見る愛猫。




そんな事はない。

これは、ただのインスタントラーメンだ。






だけどなんだか、今日はいつもより美味しい気がする。

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